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Posted by ミリタリーブログ at

熱帯の稲妻(Tropic Lightning)は山野を駆ける

2016年07月13日

 少し日が開きましたが、7/9~10の間で当フィールドを使い貸切が開催されました。初日はあいにくの雨でしたが、夕方から翌日にかけては良く晴れて暑いぐらいまで日差しが強かった記憶です。会場に当フィールドを選んで下さった主催者様と参加者の皆様、まことにありがとうございました。



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Posted by Trench1945 at 22:20Comments(0)貸切レポ

サバゲーマーは戦女神の夢をみるか

2016年07月11日

 前回の更新からだいぶ日が開きましたが、これはパスワードを失念してしまったものであり決して更新が面倒になったわけではありません。

パック

 さて今回の記事ですが、当フィールドは新しい大型モスカート発射器の配備および受注生産を始めました。
これでもうヒストリカルサバイバルゲーマーの皆様は自作モスカート砲が壊れた際に発生する精神的ショックから解放されるのです!!




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Posted by Trench1945 at 22:00Comments(0)兵器開発部門

説明会in横浜226

2016年03月02日

 少し前回の更新から日を置いてしまいましたが、去る2月26日にフィールド造営関係者や大学のサバイバルゲームサークル2団体を交えた合同説明会を行いました。



 内容は顔合わせに始まり計画開始後の大まかな流れ、各種確認事項の打ち合わせ、学生パートナーシップの内容説明などを行い、ほぼ円滑に題目は進み乱闘も爆破も日付けの関係上もっとも予想していた武装蜂起も起きず説明会は終了いたしました。
参加者の皆様にはこの場をお借りしてお礼を申し上げたいと思います。

 さて、これで記事を終わらせるのは少し物足りないので蛇足ながら「知っているときっと使える豆知識」コーナー、が記事の度に載せることにしました。その第一回として、上記の説明会を行った場所、横浜は中華街についてお話しします。

 皆さんは日本各地の中華街を歩いている時、必ず目にするであろう店が3種類あります。コンビニじゃありません、その3種類の店は中華街の範囲内で数軒は必ず存在しているのです。

 まず1つ目は料理店、これは必ずありますね。ちなみに横浜中華街で1番多いのは広東料理のお店だとか。2つ目は洋服店、横浜港に香港出身の華僑(中国人移民者のこと)が起業し、日本国内で2番目・中国人店主の洋服店としては最初の店となりました。開店した年は1864年、ちょうど池田屋事件・蛤御門の変と同じ年ですね。つまり、未だ日本人は髷を結って一部の士商は差料を腰に差していた時代、洋服は居留地の西洋人にしか需要がありませんでした。
それが明治維新による文明開化で洋服が普及すると当然需要も増大します。今まで居留地向けに洋服を仕立てていた開港地の洋服店は繁盛し、我も我もと洋服店が開業したのです。
 3つ目は横浜中華街では減ってきていますが、実は理髪店なのです。これは上の2つと少し年代が下り、清朝が倒れた後から爆発的に増えていきました。清朝崩壊後は今まで制定されていた辮髪をやめる中国人が増え、自由な髪型を求めて理髪店の需要も増えたのです。理髪店を営む人には江蘇省の出身者が多く、それは江蘇省が刃物の一大産地だった事が由来しています。

 そして、これら3種の職業を合わせて三把刀と呼びます。料理人は包丁、洋服屋は裁ち鋏、理髪店は散髪鋏と全て道具が刃物である点が共通しており、このように呼称されています。
 開港してから横浜港では三把刀のほかに西洋家具職人やレンガ職人、欧米商社付の通訳として華僑は活躍していました。しかし、1923年9月の関東大震災により華僑の人数は約5800人から400人程まで激減してしまいました。生き残った職人達は環境の近い神戸港や母国へ去ってしまい、横浜に残った華僑はほんの少数でした。その中で店をいち早く復旧させたのが三把刀たちだったのです。彼らは業務に使う最低限の道具が少ないので他の華僑も真似て開業したのです。

 それが現在の横浜中華街の原型であるのです。年月を経て店の種類は増えましたが確かに三把刀はそこにあります。

 私たちが説明会の会場を横浜中華街に選んだのは、どこか彼らのような困難に強い精神をあやかりたかったのかも知れません。


参考文献:横浜中華街-開港から震災まで : 落葉帰根から落地生根へ(横浜開港資料館 1994 横浜開港資料普及協会)   


Posted by Trench1945 at 14:38Comments(0)無題

あいさつ

2016年02月23日

Здравствуйте!



 全世界の親愛なる労働者、農民、サバイバルゲーマーのみなさん、こんにちは。こちらは群馬県に新設されるサバイバルゲームフィールド「塹壕ランド」の公式ブログです。

我々レッドスターフロント(会社名)はサバイバルゲームのフィールドを開設するにあたり、2年間を費やして候補地を探してまいりました。ある日は1日で1000kmを走破し、またある時は倒木が散乱する急斜面を進みました。そして菜の花畑を掻き分け、遂に群馬県みなかみ町にて適地を見つけるに至りました。今、我々の夢と理想を実現するための偉大な一歩を踏み出そうとしています。私たちの目指すものに興味がある、賛同できるという方は是非協力をお願いします。その瞬間から貴方もまた我々と共に歩む同志となるでしょう。さぁ、共に夢の実現へ歩き出しましょう。  


Posted by Trench1945 at 12:40Comments(0)概略